
英文読書の大海原へ
プレ速読の段階は延々と続くわけではありません。ある程度集中すれば、1年足らずで終わってしまうでしょう。それで、英文の流れに乗る体質は出来上がってしまいます。後はボキャビルなどで語彙が増すのを待つのみです。徐々に語彙力が増すに連れ、一般の英語の本や、雑誌でも読めるものが増えていくでしょう。そして気がつくと、あなたは狭い入り江を抜け、大海原へと船出しています。この段階に至った人に、あれこれと指示もありません。「何を読めばいいのか?」などという質問は、「どんな女性(男性と)と付き合えばいいのですか?」「どんな趣味をもてばいいでしょうか?」と聞くのと同じくらいナンセンスです。気の向くまま、好きなものを好きなように読んでいってください。多読にはトレーニング的な窮屈さはありません。それなのに、読めば読むほど英語力は深まっていきます。また、精読の効果と相俟って、精読と多読が融合した、正確かつスピーディーないわば「精速読」ができるようになる段階がいずれ来ます。英語を読むことはこよなく甘美な営みです。特に従う必要もありませんが、先に英文読書の海に漕ぎ出した船乗りとして、アドバイスめいたことをいくつか申し上げましょう。

ペーパーバック
ペーパーバックは軽いので、ベッドに寝転んで読むのにうってつけです。ベッドはいつも官能の宿るところ。もっとも、私がここで言っているのは、物語と言葉が与えてくれる光悦のことですけど。私は、読書の楽しみを覚えた6歳の頃から、本を読むのは寝転がってと決まっていました。始めて読んだペーペーバックはブラッドベリの the October Country でした。陶然としました。次が映画「思い出の夏」の原作 the
Summer of '42 これはあまり面白くありませんでした。映画の方がよかったですね。ジェニファー・オニール、きれいだったなあ。あとはモーム、ロアルド・ダール、テネシー・ウィリアムズ、ポルノ小説と、日本語でと同じく、脈絡のないまったくの乱読。23才から28歳までに100冊前後読んだのでしょうか?
十分な力があるのに、何百ページもあるペーパーバックは、自分には読めないものと思い込んでいる人がいます。無用の謙虚さは捨てて、まずは一冊目に取り掛かってみましょう。難しいのは話の流れを掴むまで。後は、物語の面白さが引っぱっていってくれます。一冊目を読み終えた感慨は忘れがたいものとなるでしょう。3、4冊も読むとペーパーバックを読むペースがすっかり身についています。おまけに読解力も格段に上がっていることを保証します。TOEICや英検の読解パートの点を上げるために、いつまでも問題集を解いている人がいますが、つまらないことはおやめなさいといいたくなります。そうした目的のためでも、カリカリと問題を解くより、ペーパーバックを一冊寝転がって読むほうがよほど収穫があるでしょう。
アイルランド時代はダブリンの古本屋で3冊1ポンドなどという値段で買えるので、週に最低一冊のペースで読んでいました。英米文学のスター作家に、無名の三文ハードボイルド小説(意外に拾い物が多かったですけど)、果ては、「ポジティブ思考ですべて好転する」みたいな怪しげな啓発書に至るまで、乱読、淫読。そう、ナボコフやカポーティーなどがほんとに楽しんで読めるようになったのはこの時期でした。感激しました。3年で読んだペーパーバックは200冊以上。帰国する際に全部古本屋に売り払い、帰国前夜一泊したベッド・アンド・ブレックファストの宿代に消えました。
帰国してからはペーパーバックの読書量はずいぶん落ちてしまいました。ここ10年で、4、50冊くらいでしょうか。生徒に薦められて、2003年の新年に読んだディーン・クンツ。なかなか手に汗握りました。でも、3冊も読むと設定・展開に慣れちゃいますね。別の生徒に薦められたスティーブン・キングの the
Green Mile は、中盤まではジャンルを越えた傑作だと思いました。この生徒は出版されているハリー・ポッターを全部読んでいるのですが、私は一巻だけで途中下車。魔法使いの話ならメアリー・ポピンズの方が好きです。ディズニー映画で知られた、アメリカナイズの生クリームにまみれていない、原作のメアリーはとても魅力的です。
ここのところペースダウンしていますが、ペーパーバックはすでに私の終生の友になっています。いつか私が独居老人になる時が来たら、孤独と無聊を慰めてくれることでしょう。

英文雑誌、特に Newsweek と TIME
英文雑誌を読むのもよく薦められる方法です。いきいきとした、現在進行形の英語にふんだんに触れる最適の方法です。私も20代前半にさまざまな雑誌を読み始めました。リーダーズ・ダイジェスト、プレイボーイ、リング(ボクシング専門誌です)、ニューズウィーク、タイム。どれも楽しく読みました。
英語学習でよく取り上げられるのは、「リーダーズ・ダイジェスト」、「ニューズウィーク」、「タイム」です。いろいろな意見があるようです。
「ニューズウィーク」「タイム」は高級誌であるのみならず、現代英語の最高峰である。両誌の英文は英米の教養有る層がモデルとするものであり、高い山ではあるが英語を真摯に学ぶものはいずれこの両誌を読みこなせる域を目指すべきである。文体、語彙、レトリック、文化的背景など得られる恩恵ははかりしれない。
という絶賛型や
「タイム」「ニューズウィーク」は英語を母語とする人の中でも、インテリ層が読む雑誌であり、英語を母語にしない学習者にとって難解に過ぎる。聖書の引用なども多く、文化・歴史的背景の違う日本人にとってはさらに障害が増す。読めもしない「タイム」を小脇にはさんで歩くようなスノビズムを捨て、文体的にずっと平易な「リーダーズ・ダイジェスト」などを着実に読み続けるほうが、英語学習上の効果ははるかに高い。
などの現実路線型などです。
どちらも、正論なのですが、何を読むかを決めるのは、あなた自身です。大切なことは、自分自身にとって面白いのは何か、相性が合うのは何かです。私自身は、一番相性が良かったのは「ニューズウィーク」です。確かに、語彙や文体は「リーダーズ・ダイジェスト」のほうが易しいのですが、興味、記事のスタイルなどから「ニューズウィーク」のほうが楽しめたのです。
定期購読すると非常に安くなるので、私は24歳の時に、雑誌は「ニューズウィーク」一本に絞り、毎週届くこの雑誌を規則的に読み始めました。一応のボキャビルは終えていましたが、「ニューズウィーク」の英文はさすがに手強く、当初は、次の号が届くまでにカバー・ストーリーを含む15、6ページしか読めませんでした。しかし、慣れというのはすごいもので、程なく、次の号が届くまできっちりすべて読み終えられるようになっていました。また、私にとって「ニューズウィーク」の購読はトレーニングの一環でもありましたから、広告なども含め、カバー・トゥ・カバーで全ページもれなく読んでいました。28歳頃に、英語から一切離れてしまうのですが、そのときまでに3〜4日で読みきれるようになっていました。
アイルランドに渡ってから、再び「ニューズウィーク」を毎週読むことを再開しました。彼の地では郵便による定期購読ではなく、職場に向かう道すがら、途中のニューズ・スタンドで買っていました。仕事、プライベート共に日常的に英語を使う環境の中、並行して続けていたペーパーバックの乱読の効果も相俟って、アイルランド滞在2年を迎えた頃には、数時間で、「ニューズウィーク」を読みきってしまうようになっていました。すると、チェーン・スモーカーが感じる口寂しさのように、物足りなさが募り、アイルランド滞在最後の1年弱は、加えて「タイム」も毎週読むようになりました。
当時の両誌の読み方はこんな具合でした。週末の休み、土曜日の昼近くに起きだすと、コーヒーを飲みながら買っておいた「ニューズウィーク」を読み始め、途中昼食の用意などで中断した後、再び「ニューズウィーク」を取り上げ読み始める。気が向けば近くの喫茶店に足を運んで、そこで読むこともありました。夕食の時間が来る頃には読了。月曜に仕事に出かける際、「タイム」を買い、仕事の合間にオフィスで読んだり、昼食の後、老舗の喫茶店ビューリーズで読んだり。夏場の気候のいい時は、ダブリン市民憩いの公園、セント・スティーブンズ・グリーンに出向き、芝生に寝転んで読むこともしばしば。時々目を上げると目に入る、愛らしいアイルランド娘たちの、蜂蜜色の背中はいい目の保養でした。週の前半にはタイムも読了。
私が「ニューズウィーク」を読むのは、楽しく、面白いからでした。そうでなければ、捕らわれることなく投げ捨てて、他のものを読んでいたでしょう。でも、学習効果を知りたい実際家の方々のためにささやかな情報を供することに吝かではありません。「タイム」「ニューズ」ウィークを100冊もカバー・トゥ・カバーで読めば、日本で施行されているあらゆる英語関連試験の読解問題は、非常に簡単に感じるでしょう。